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 もみもみ号の開発と発売  昭和年50(1975)(その1) 

  椅子に座りスイッチを入れるだけで心地よく好きなだけマッサージしてくれ、指圧効果も得られるとご愛用者も多いこの商品。この商品は昭和30年代後半あたりから銭湯などの脱衣場で使われる椅子式マッサージ機として市場に登場していた。 

 社内でも昭和43年頃から、このマッサージいす事業をスタートさせた。

 社内におけるマッサージ椅子の開発は大きく三つの時代に分けることができます。

①椅子時代(1968~1975)

②マッサージ椅子もみもみ時代(1975~2000)

③リアルプロの時代(現行商品)2000~ 

 ※この商品に関する論考や著述は①,②に限定してさせていただきます。

(③以降は、自分が担当を離れ、ここに取り上げるべき顕著な事業展開が行われたか否かを論述することができないので省きます。)


社内で初期に作られた椅子式マッサージ機(昭和43、4年ごろ)
全く芽が出なかったマッサージ椅子時代を代表する商品、開発投資だけが、

重くのしかかっていた。

後発の弱みを補うため、陰電位治療器を組み合わせたマッサージ椅子なども

発売したが、販売は伸びず、毎月数百台を生産しているに過ぎなかった。

商品別に見た採算は赤字事業続きで、さっぱり芽がでないので、途方にくれていた。
 

●訪れた転機ー「この商品を男にせよ」

 自社は早くから事業部制をとり、事業単位の経営は事業部長に任せる体制を布き、業績が悪いと容赦無く責任者を交代させていた。昭和48年のそのときも事業部長の交代があり、新たに営業部長あがりの故・宗政武郎氏が事業部長として着任した。

 事業部の業績低迷は大抵売上低迷に端を発している。だから宗政氏も何か大きな手を一つ打つ必要があった。そこで着目したのがマッサージ椅子だった。商品は良くない、しかし、肩こりや腰痛で困る人は結構多いし、疲れを溜めず、毎日ちょっとした疲れほぐしで披露回復を図ることは健康維持に重要だ。それを解決する手段としてこれほど良い商品はない。一家に1台これを普及することは社会的にも大変重要な仕事だ、こういう信念から=「この商品を男にせよ」と指示を下したのである。

 この人の指示は簡単明瞭、具体的であとはいっさい細かいことを言わない。
部下にまかせて結果を待つ風である。こういうのせ方に弱い職人気質、私はそれならその夢実らせてやろうじゃないか、そう決意を固め、早速、以前からお世話になっていた外部デザイナー平井進氏を訪ね、相談にのってもらうよう協力をお願いした。(当時は殆どが中間責任者の私一人の即断即決で進められる、そんな職場の雰囲気が同業他社にも恐れられる開発パワーになっていた)

 しばしば名士のお住まい拝見番組を見ていると画面の片隅に登場したりして、ああ使って頂いてるんだな、などと嫁入い娘を垣間見るような思いをさせてもらっている。 昭和50年以降、自社に入社し、私が開発を押し進めた商品の中では最大の稼ぎ頭の商品となり、業界はもとより、世間においても関心の的となる立派な市民権を得て、人々の日々の疲れを癒す最良の手段として日常生活に定着した。 私の手を離れて長くなり、今では商品も変貌してしまい、それがユーザーの生活に有用かつ必需品として定着し、お客様に人々に愛される商品づくりに努力を続けてくれているのであれば良いが、気がかりもないではない。

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