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​その時、歴史は動いた。

経営戦略、市場戦略を構築し、運用して企業に繁栄をもたらすには、さまざまな問題解決を図らねばならない。またその際重要なのは

経営戦略として守らねばならない基本原則を踏まえて判断を行う事、

及び成果を呼び込むための叡知を駆使することが必要である。

本項に述べる過去の経験が何らかの有効なヒントを提供できれば幸いである。

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 今日では新製品開発或いは新商品開発において、商品企画の重要性は多くの関係者の認めるところとなり、商品企画という用語はさまざまなところにおいて、ごく当然のごとく使われているが、商品企画という概念の重要性に最初に気づき、実際に新製品開発過程において、そうした用語を最初に意識して使ったのは我われのグループではなかったかと思う。そこで、そのようなテーマに興味を持つ方々のために、当時のそれにまつわる状況を書き留めておきたいと思う。

  

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昭和40年(1965)、私が松下電工に入社して丸5年が経っていた。
ホットカーラーの開発にも目処がつき、大きな課題はこれと言って無かったので、平穏に毎日が過ぎていた。
 ある日、最高責任者のK部長から部屋に呼ばれ、「君はアメリカに行ってみたいか」と聞かれ、何も考えてはいなかったのだが、とっさに「行って見たいです」と私は答えた。すると部長は「では計画書を作って持ってきなさい」という。当時はこの会社では社員が海外に出張するには関係役員の同意や社長の決裁が必要だった。それだけでなく、当時は1ドルが360円の時代である。漸く業績も安定し始めてはいたが、まだ、海外出張などは社長や役員に限られ、社員では部長も課長も殆ど海外に出た人はいないといった状態だった。だからぺーぺーの私に差し迫った用事もないのに、海外出張しては、という指示はまさに異例中の異例であった。今では海外と言ってもアメリカに行くことは誰でも極く当たり前のことであり、何の不思議もない。しかし、特に用事のない者にアメリカに行ってみよ、という指示を出すことは今でもちょっと考えられないことでした。

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 当初、この商品は通信販売商品として市場に登場した。製品原価に多額の広告宣伝費を折込み、商品の機能や有効性や或いは使用者のコメントなどを新聞の1ページ広告などで、大々的に打ち出したりする。
 当時、通信販売では”ぶら下がり式健康機”や”室内ランニング機”なども発売され、ブームを呼んでいた。そうした市場環境も手伝って”超音波美顔器”は大きな反響を呼び、追随するメーカーがあとを絶たず、終いには松下電工を除く殆どの大手電気メーカーからも類似商品が発売され、量販店店頭を大いに賑わした。

 私は担当事業部の商品企画課長を拝命しており、新商品開発の責任者である。”超音波美顔器”は美容器具であるから、トップメーカーとしては当然この市場動向に対処し、この売れっ子商品を発売しなければならないところであるが、私はこの商品が本当に価値効用が宣伝文句の通り得られるものかどうか直感的に疑問を抱くと同時に、ブームも一時的にしか続かないと判断し、自社での科学的評価が明確にならない限り、開発も発売もしないことにした。
 

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初めて国外に独資資本の工場を立ち上げ成功させるまで

その1

 私の手元に、1冊の社史がある。タイMEW(株)の10周年を記念して当時のタイMEW社長OY君が発刊したものである。私も初代のタイMEW社長に就任したTY君に”海外調達によるコストダウンの検討を命じた上司”として一応、登場している。
 しかし、進出計画を起こし工場建設に掛かったのが1987年(昭和62年)、この社史が作られたのは1999年1月。 10年の経過と、、残念ながら十分な調査をもとに正確に書かなかったのか、それともその後の状況変化に都合よくまとめたのか、海外工場の経営を学ぼうとする人に対して、肝心な情報に触れていないのみでなく、実際の経過とは異なる記述があり、当事を知る者として、真の経過を述べておきたい。

完成したタイ松下電工(株)ナワナコン工場(10周年記念誌より)

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